多岐にわたる芸術ジャンルにおいて作品を発表し、また舞台創造環境に大きく貢献してきた劇作家・演出家の佐藤信氏(1943〜)。演劇博物館では、氏の活動を振り返る特別展「演劇の確信犯 佐藤信」(会期:2023年5月6日〜8月6日)を開催、それを記念して2023年7月25日(火)小野記念講堂にてトークイベントを開きました。
本イベントでは、佐藤信氏、演劇に造詣の深い社会学者の吉見俊哉先生(國學院大学教授)にご登壇いただき、また、展示の企画者であり、『佐藤信と「運動」の演劇:黒テントとともに歩んだ50年』(作品社、2020)の著者である梅山いつき先生(近畿大学准教授)に聞き手と司会をお務めいただきました。
第1部では、佐藤信氏が手がけた作品を、初演年順に見ながらご本人よりお話しいただきました。1966年に劇団自由劇場を旗揚げした氏は、2年後、演劇センター68を立ち上げ、70年より黒色テントによる移動公演を行なっています。そのうち「喜劇昭和の世界三部作」の二作目にあたる『キネマと怪人』(1976年)、アジアの近隣諸国の表現方法を手がかりに、「物語る演劇」「物語る俳優」という方法を試みた『西遊記』(1980年)、ベルトルト・ブレヒトの作品を原作とする『三文オペラ[黒テント版]』(1988年)。また、練馬区にあった黒テント作業場を含め、全国のさまざまな場所で上演された『荷風のオペラ』(1992年)、近年の作品である『亡国のダンサー』(2017年)と『風のセールスマン』(2022年)まで——。作品づくりにまつわるエピソード、創作の背景にあった表現者としての問題意識など、作品をめぐるお話しからは、変遷しつつある世界と向き合いながら演劇のあり方について重ねてきた佐藤信氏の思索を垣間見ることができました。
第2部の対談では、吉見俊哉先生をお迎えし、社会学、都市論、メディア論の視点から佐藤信の演劇を掘り下げていただきました。第1部でのお話を踏まえたアジア演劇界との出会い・交流から、演劇が行われる場/空間、観客のあり方、演劇のメカニズムなど、演劇をめぐる大きなテーマまでが、同時代の日本演劇、戦後の日本と世界の歴史、国際情勢の変化、それから今、ここで世界が対面している課題と交えられながら、濃密に語られました。吉見先生ならではの視点から広がったお二人の対談により、佐藤信氏の演劇思想を一層深く味わうことができました。
佐藤信氏
吉見俊哉先生
今回のイベントは「劇場はだれのもの?」という問いを投げかけつつ、今日おける芸術文化の役割について再考するにあたり、新しいパースペクティブを与えた非常に刺激的かつ充実した時間となりました。
左から梅山いつき先生、佐藤信氏、吉見俊哉先生
金潤貞(キム・ユンジョン)
演劇研究者。早稲田大学演劇博物館助手・助教を歴任(2021〜2023)。韓国芸術綜合学校演劇院修士課程、大阪大学大学院文学研究科博士後期課程修了。専門は現代演劇史における日本と韓国の小劇場演劇。論文に
'How to Access Reality: “Talking through Nontalking” in Ōta Shōgo’s Early Plays'(『戲劇學刊』第三十二期, 國立臺北藝術大學、2020)、「沈黙する主人公―太田省吾作『小町風伝』(1977)の「老婆」」(『演劇研究』第45号、早稲田大学坪内博士記念演劇博物館、2022)、「太田省吾の初期作品研究―「沈黙劇」の発端と展開をめぐって―」(博士学位論文、大阪大学、2023)など。