2026年7月22日、大隈記念講堂大講堂にて、演劇博物館開館100周年応援企画×シェイクスピア祭特別講座として「市川染五郎が語る 舞台『ハムレット』~古典と現代、そして「演じる」ということ」を開催した。今年の春に舞台『ハムレット』(デヴィッド・ルヴォー演出、松岡和子訳)に主演した八代目市川染五郎丈(以下敬称略)をゲストに招き、児玉竜一館長が司会を、鈴木英一氏(早稲田大学演劇博物館招聘研究員)が聞き手を務めた。

八代目市川染五郎丈
『ハムレット』と高麗屋の縁は深い。染五郎の祖父、二代目松本白鸚は1960年、18歳のときにテレビでハムレット役を演じ、当時日本で最年少のハムレットを記録した。さらに、染五郎の父である十代目松本幸四郎は1987年に14歳でハムレットを演じ、その記録を破った。幸四郎は『ハムレット』を歌舞伎に翻案した『葉武列土倭錦絵』で葉叢丸
(ハムレット)と実刈屋姫
(オフィーリア)の二役を演じた経歴ももつ。

染五郎は8年前の2018年5月に当館が開催した逍遙祭「染五郎13歳、『ハムレット』を読む」にて『ハムレット』の朗読を披露している。当時は年齢的な部分で役柄への理解に悔いが残ったという。しかし、今作ではオファーから上演までに約三年という長い準備期間があったことで、その間にハムレットを意識しながら舞台経験を積むことができたようだ。
児玉館長からは途中、当館所蔵の舞台写真をスクリーンに映しながら、日本でハムレットを演じた代表的な俳優の系譜が紹介された。その中には、祖父・白鸚(1972年、日生劇場)と父・幸四郎(1987年、三百人劇場および1989年、俳優座劇場)も含まれる。講演の後半でも同様に、七代目松本幸四郎主演の『オセロ』(1925年、東京歌舞伎座)に始まる高麗屋とシェイクスピア作品の歴史について解説があった。染五郎は、役作りの参考にするというよりは「引き出しとして持っておく」ためにこれまで10名以上のハムレットの映像を見たという。そのうえで、自身が思うハムレットの人間像について、他の俳優の名前を挙げつつ語る貴重な一幕も見られた。

ルヴォー氏の演出に関しては、ハムレットの登場の仕方が決まった経緯やピアノを使った場面の解釈、幕切れの意図などの裏話が披露された。演技指導では、「台詞が出てくる前段階として思考があることを常に意識するように」、「観客ひとりひとりもハムレット(=鏡)だと思って言葉をシェアするように」といったルヴォーの助言が、独白が説明的になりすぎず、観客との隔たりを作らない工夫に繋がったようだ。
祖父・白鸚は1996年にルヴォー演出・松岡訳の『マクベス』に主演している。染五郎は祖父とルヴォーを再会させることもひとつの夢だったと語り、その夢は稽古期間中に翻訳の松岡氏も居合わせるかたちで実現したという。祖父から二つの指環を譲り受け、それを本番で着けていたことをめぐる興味深い逸話も明かされ、会場の感嘆と笑いを誘った。
休憩を挟み、話題は再びハムレット役の演技へ。共演者が一貫して「人間として役を作って演じていた」ことが自身の役作りと響き合ったことや、ハムレットの狂気への解釈、そして『ハムレット』が「演劇そのものを描いている」作品でもあることなどが詳らかに語られた。劇中の台詞を引き、「役者はその時代その時代を映す鏡であり、観客が自分を映す鏡として観られるように演じた」と述べたのが印象的だ
講演の最後には、秀山祭九月大歌舞伎で勤める大役、『一條大蔵長成』の大蔵卿へと話題が移った。奇しくも「つくり阿呆」という役どころが狂気を演じるハムレットと重なり合う。ハムレット役を経た染五郎は、「愛嬌の奥に、そのようにしか生きられない哀愁を感じさせたい」との意気込みを語った。高麗屋の伝統を背負いつつ、新たな役のイメージを築いていく染五郎の若手俳優としての気概に触れられる講演だった。シェイクスピアと歌舞伎の双方と深い縁をもち、約100年の伝統とともにこの先の未来を歩んでいく当館にとって、意義深いイベントとなった。

左から 館長、八代目市川染五郎丈、鈴木英一氏(早稲田大学演劇博物館招聘研究員)
▼ イベント詳細
市川染五郎が語る 舞台『ハムレット』~古典と現代、そして「演じる」ということ
近藤つぐみ (こんどう・つぐみ)
早稲田大学演劇博物館助教。2025年に早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。
専門は戦後ドイツのバレエ・ダンス。2025年度春季企画展「演劇は戦争体験を語り得るのか——戦後80年の日本の演劇から——」企画・構成。同題の編著書を2025年に早稲田大学出版部より上梓。2026年に論考「笑われているのは誰か——AKNプロジェクト「喜劇『人類館』」(2025)と観客の位相」で第30回シアターアーツ賞大賞を受賞。



