enpaku 早稲田大学演劇博物館

図録

千変万化する恋 日本のロマンチック・コメディ映画の輝き


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本書「展示趣旨」より

 「恋愛」という言葉は、フランス語 amour の訳語として、明治 20(1887)年に初めて日本の辞書に登場したとされる。『万葉集』などに見られるように、それ以前から異性間の愛は、人間が普遍的に抱く感情として語り継がれてきた。しかしこの語が特別な意味をもつのは、異性間の関係のあり方そのものが、近代において問い直される契機となった点にある。
北村透谷や厨川白村らに代表される知識人の言説にとどまっていた恋愛は、やがて日常生活へと浸透していった。その過程で映画が果たした役割は大きかった。とりわけアメリカ映画は、近代的な恋愛観を具体的なイメージとして目に触れさせる媒介となった。日本映画もまた、技術的・産業的革新を経ながら先端的な文化や価値観を取り込み、新しい思想と旧来の慣習が共存し、さまざまな欲望が錯綜する同時代の現実を映し出していった。
 本展では、サイレント期から現代に至る日本のロマンチック・コメディに描かれた多様な恋のかたちをたどる。ロマンチック・コメディとは、恋をめぐる男女の駆け引きを物語の中心に据えるコメディ映画の一群を指す。主役の男女は早口で台詞を応酬し、反目するが、激しい口論を通して互いの違いを認め、やがて結ばれる。このようにロマンチックな結合を称揚する結末は、結婚の規範化と異性愛の特権化を促すものであるとして、本ジャンルの保守性を批判する根拠になってきた。
 しかしロマンチック・コメディには、他のどのジャンルよりも主体的で奔放なヒロインが登場し、既存のジェンダー秩序を揺るがす契機を内包している。また、異性愛規範をなぞるジャンルとして一括されがちだが、そのありようは決して一様ではなく、時代ごとに変容する恋愛観や結婚観を取り込み、ときにはコメディならではの転覆性によってハッピーエンドの自明性を問い返すこともある。
 本展は、ロマンチック・コメディを、社会の転換期における文化や価値観の変化を映し出す映像文化として捉え直す試みである。恋愛観や家族観の変遷を多角的に提示することで、娯楽映画の背後に潜む時代の無意識を掘り起こし、その文化的役割を見つめ直す契機となれば幸いである。

 

仕様:A5判/144ページ
販売価格:2,000円(税込み)


= 目 次 =

ごあいさつ
謝辞
展示趣旨

第1章 新婚夫婦の恋のかたち
第2章 モダンガールの恋模様
第3章 戦争と揺れ動くロマンスの行方
第4章 都会にきらめく恋
第5章 ジェンダー規範の揺らぎ
第6章 さらに千変万化する愛
第7章 小説から映画へ 愛の物語を紡いだ小説家たち
第8章 東アジアの映画とドラマのなかの恋

論考
「目標」としての結婚、「罠」としての結婚
 ―ロマンチック・コメディとメロドラマの相補性― ・・・鷲谷 花

『日本女性読本』にみる〈指南〉の喜劇化と妻の応答 ・・・志村三代子

ロマンチック・コメディから見る、1930 年代の小津安二郎映画 ・・・宮本明子

戦前から敗戦後における「恐妻」の変容
 ―その笑いの危うさに向き合うために― ・・・角尾宣信

その恋はどう始まった? ―実写作品激増時代のBL進化論― ・・・溝口彰子

1950 年代東アジア都市ロマンチック・コメディ
 ―香港と韓国におけるモダニティの翻訳― ・・・ファンミヨジョ

年表
参考文献
展示リスト