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早稲田大学演劇博物館 イベントレポート

2022年度春季企画展「近松半二――奇才の浄瑠璃作者」関連公演「大曲丸一段に挑む 素浄瑠璃公演inエンパク」レポート

 2022年6月24日(金)、2022年度春季企画展「近松半二――奇才の浄瑠璃作者」関連公演として、「大曲丸一段に挑む 素浄瑠璃公演inエンパク」を上演した。本公演は、主催:株式会社コテンゴテン、共催:早稲田大学演劇博物館・演劇映像学連携研究拠点で開催されたものである。

 演者は、太夫が六代目豊竹呂太夫師、三味線が鶴澤清介師。お二人が大隈講堂に登場するのは、2018年以来2度目であった。2018年は演劇博物館の90周年記念として開催された素浄瑠璃公演「豊竹呂太夫『志渡寺』に挑む」で大作「花上野誉碑」の志渡寺の段を演奏された。その際の充実した演奏は観客に大いに感銘を与えた。そして今回は「近松半二」展に関連して半二作品から上演作品を選定し、大曲「奥州安達原」三段目袖萩祭文を丸一段演奏して頂くこととなったのである。現行文楽の舞台でも、複数人で担当することが多い段を円熟期にさしかかった両師に演奏して頂き、実り多い舞台となった。

左:豊竹呂太夫さん 右:鶴澤清介さん

 本作は宝暦十二(一七六二)年九月、竹本座で初演された。五段の時代物で、前九年の役で滅びた安倍頼時の妻・岩手とその遺児の貞任・宗任の兄弟らが抱く奥州独立政権確立の野望を、八幡太郎源義家が破って帰服させるまでを描いている。特に今回演奏される三段目袖萩祭文の段が名高い。零落した盲目の袖萩が、破れ三味線の糸にのせて自らの境遇を唄い上げる場面が通称「袖萩祭文」の由来である。この段の基底には降り積もる雪よりも冷たい義家と貞任の冷徹な謀略合戦があるが、寒苦に責められながらも可能な限りの愛情を示し合う袖萩を中心とする親子模様が観客の胸を打ち、特に「親なればこそ子なればこそ」以下の袖萩の絶唱が聞き所の一つである。

豊竹呂太夫さん

 「袖萩祭文」は、呂太夫師の祖父である十代目豊竹若太夫が得意としていたことも知られており、また呂太夫師は後半部分を既に文楽の本公演で手がけていた。今回の素浄瑠璃公演は、切場語りとなった呂太夫師が満を持してこの「袖萩祭文」に挑むとあって、大変注目を集めた。文楽に関して意欲的な企画を次々と行っている(株)コテンゴテンと協力し、大隈講堂大講義室1階席を一般客用の有料観客席、2階席を主に無料の学生席と規定したところ、1階席は完売であった(コロナ禍による人数制限あり)。満席の観客を魅了した呂太夫師の情感溢れる語りは、清介師の冷静かつ気迫のこもった三味線にも支えられて、今回の大曲丸一段への挑戦を成功に導いたと言えよう。


鶴澤清介さん

 公演後のアフタートークでは、司会の児玉竜一副館長が両師から本曲の語り・演奏に関する具体的な技巧やエピソードを引き出し、三人の軽妙なやりとりに会場は大いに盛り上がった。また、このアフタートークの模様は、(株)コテンゴテンのYouTubeチャンネルにて公開されている。公演演奏自体も(株)コテンゴテンから有料配信されており、本イベントを動画視聴によって追体験できる。コロナ禍は世に様々な不幸、不利益、理不尽や不条理をふりまいたが、同時に演劇界には収益源となりうる舞台配信の環境整備をももたらした。諸事情により当日足をお運び頂けなかった文楽や邦楽にご興味がある方には、本公演動画を是非ご確認頂ければ幸いである。
 
 

左から児玉竜一、豊竹呂太夫さん、鶴澤清介さん


左から豊竹呂太夫さん、児玉竜一、鶴澤清介さん

【執筆者】
原田真澄(はらだ・ますみ)

早稲田大学にて博士(文学)取得。専門は人形浄瑠璃文楽。主たる業績は、展示図録『近松半二――奇才の浄瑠璃作者』(演劇博物館、2022年)、「明智光秀と本能寺の変 虚像編」(堀新・井上泰至編『信長徹底解読 ここまでわかった本当の姿』(文学通信社、2020年)所収)等。