enpaku 早稲田大学演劇博物館

イベントレポート

早稲田大学演劇博物館 イベントレポート

2022年度春季企画展「近松半二――奇才の浄瑠璃作者」関連公演「女流義太夫公演 in エンパク」レポート

2022年7月25日(月)、2022年度春季企画展「近松半二――奇才の浄瑠璃作者」関連公演として、「女流義太夫公演 in エンパク―46年ぶりに女義が帰ってきた!!」を、大隈記念講堂小講堂にて上演した。出演は、浄瑠璃が四代目竹本綾之助師、三味線は鶴澤寛也師である。本公演以前に大隈講堂で女流義太夫が演奏されたのは、40年あまり前の、昭和51(1976)年の5月であった。その時は「竹本素女(もとめ)追悼 女流義太夫鑑賞会」として、竹本土佐広(とさひろ)や竹本素八(もとはち)らが「壺坂観音霊験記」や「摂州合邦辻」、「菅原伝授手習鑑」寺子屋の段などを上演している。折しも今回の2022年春季企画展関連イベントの数日前には女流義太夫の三味線方、鶴澤津賀寿師がいわゆる人間国宝に認定された。世間一般における女流義太夫の認知度が高まっている時に、女義の会を開催できたことは演劇博物館としても大変ありがたく、また期せずして時流に合うイベントにもなったと言えよう。


左:竹本綾之助さん 右:鶴澤寛也さん


 今回上演された「妹背山婦女庭訓」は、明和8(1771)年正月、竹本座で初演された。五段の時代物で、大化の改新(乙巳の変)にまつわる政変を題材とする王朝物である。内容は、帝位を簒奪した謀反人・蘇我入鹿と天智帝を守護する藤原鎌足・淡海親子らの戦いを軸に、奈良・十三鐘の由来となる芝六一家の悲劇(二段目)や、反目する家に生れた恋人雛鳥と久我之助の悲恋(三段目)、三輪山伝説を元とした苧環塚の由来(四段目)などを描く。竹本座の数年来の不入りを挽回したともされる傑作であり、人形浄瑠璃・歌舞伎共に著名な現行演目である。



竹本綾之助さん

 「名場面が多い「妹背山婦女庭訓」であるが、殊に金殿の段は、お三輪と豆腐買との滑稽なやりとりにはじまり、官女たちによるお三輪への陰湿ないじめ、お三輪の嫉妬のすさまじさと金輪五郎に刺されてからの哀れな落命の様まで、聞き所満載の一段である。特に入鹿を倒すためにあらゆる犠牲を惜しまない男性達に対比されているような、恋のためにすべてを投げだした純真なお三輪の姿が聞く者の胸を打つ。


鶴澤寛也さん

 本曲は、官女たちやお三輪など女性が活躍する場面が多い曲であり、円熟の域に達した竹本綾之助師の語りと、つややかな鶴澤寛也師の三味線が、女流義太夫ならではの華やかで豊かな作品世界を描きだしていた。定員の倍以上の応募がありながらも、コロナ禍の第7派が猖獗を極めつつあった時節でもあった為に、残念ながら当日のキャンセルが多く満席には至らなかった。しかし綾之助師の情感豊かなお三輪や輪廓のくっきりした金輪五郎を、冴えた音の寛也師の三味線が支え、非常に充実した舞台成果が得られた。


演奏後のアフタートークでは、綾之助師・寛也師のお二人から、入門のいきさつや下積み時代のご苦労、金殿の段の演奏についてのエピソードなどを伺った。おっとりと親しみやすい綾之助師とすっきりと明快な寛也師のお人柄があらわれたトークに、会場は終始温かな雰囲気に包まれたまま幕とあいなった。本イベントは、後日エンパクのYouTubeチャンネルでも公開予定である。是非御覧頂きたい。


左から原田真澄助教(早稲田大学演劇博物館)、竹本綾之助さん、鶴澤寛也さん



左から岡室美奈子館長(早稲田大学演劇博物館)、児玉竜一副館長(早稲田大学演劇博物館)、竹本綾之助さん、鶴澤寛也さん、原田真澄助教

【執筆者】
原田真澄(はらだ・ますみ)

早稲田大学にて博士(文学)取得。専門は人形浄瑠璃文楽。主たる業績は、展示図録『近松半二――奇才の浄瑠璃作者』(演劇博物館、2022年)、「明智光秀と本能寺の変 虚像編」(堀新・井上泰至編『信長徹底解読 ここまでわかった本当の姿』(文学通信社、2020年)所収)等。