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第86回逍遙祭「シェイクスピアの翻案」レポート

 2023年6月16日(金)、小野記念講堂にて第86回逍遙祭を開催しました。本イベントはKawai Project Vol.8「悪い仲間」公演の関連イベントでもあります。前半は「シェイクスピアの翻案」をテーマとしてKawai Project主宰・河合祥一郎先生(東京大学大学院総合文化研究科教授)にご講演いただきました。後半は「悪い仲間」ご出演の髙山春夫さん、今井聡さん、菊池夏野さんに作品の一部をリーディングでご披露いただきました。河合先生は坪内逍遙の兄・義衛(よしえ)の玄孫でいらっしゃり、髙山さんと「悪い仲間」ご出演の小田豊さんは、劇団早稲田小劇場(現・早稲田小劇場どらま館と同じ土地に早稲田小劇場という劇場を構え、その後利賀村に拠点を移し劇団名をSCOTに変更)出身です。演劇博物館や早稲田大学とゆかりの深い方々をお招きし、充実した逍遙祭となりました。

第86回逍遙祭「シェイクスピアの翻案」レポート

 河合先生は日本を代表するシェイクスピア研究者である一方、翻訳家、劇作家、演出家としてもご活躍されています。ご講演では、さまざまな翻案の形、翻案と翻訳の違い、翻案と現代化の問題など多岐にわたるテーマでお話しいただきました。原点を辿れば、シェイクスピア自身も種本の「語り直し」(翻案)を行なっています。翻案と翻訳の違いのお話では、河合先生が翻訳家として重要視されている点もお話しいただきました。ある種文化の置き換えになっても、英語文化のものを日本文化に置き換えて、シェイクスピアの意図したことを達成しようとするなら、翻案ではなく翻訳になるというスタンスでいらっしゃるという点は、研究者と翻訳家としての側面をお持ちの河合先生ならではのお話です。河合先生のご翻訳の数ある魅力の一つである、シェイクスピアの二行連句の翻訳については、具体例を交えて解説していただきました。

第86回逍遙祭「シェイクスピアの翻案」レポート
河合 祥一郎先生(東京大学大学院総合文化研究科教授)

 次に、『ヘンリー四世 第1部・第2部』と『ヘンリー五世』の翻案である、Kawai Project Vol.8「悪い仲間」のねらいもご紹介いただきました。上演のきっかけとして、戦争を扱った作品を翻案するなら、現代の人々に届く形で、「わたしたちのシェイクスピア」として考えることを重要視されたそうです。ウクライナ戦争や日常が戦争に巻き込まれた時の衝撃を考える中、河合先生は、惨状を語るのには、シェイクスピアの言葉が使えると思われたそうです。ウクライナの現状や家を破壊されてしまった人々とシェイクスピア作品の登場人物を、フォルスタッフを介して繋げる形で「悪い仲間」を創作されました。なぜなら、フォルスタッフはシェイクスピア作品の中で明確に反戦主義を主張する人物だからです。『ヘンリー四世 第1部・第2部』で、人間代表としての、矛盾の塊であるフォルスタッフが追放されることへの返答も「悪い仲間」を通して語られているそうです。私たち観客がどのようにそれを受け取るか、河合先生やご出演の俳優の方々から託されたと言えるでしょう。

第86回逍遙祭「シェイクスピアの翻案」レポート
左から今井聡さん、菊池夏野さん、髙山春夫さん

  後半では、俳優の髙山さん、今井さん、菊池さんが「悪い仲間」プロローグ、第一場、第二場の一部をご披露くださいました。現代とシェイクスピアの時代、日本語、フランス語、韓国語など、時代や地域、言語の違いを俳優の方々の演技で飛び越えていきます。鍵となるのは、”J’ai perdu le do de ma clarinette”(クラリネットをこわしちゃった)というフランス語の歌です。
 最後には活発な質疑応答も行われました。「悪い仲間」は、体調不良者の休演や代演にもかかわらず、早稲田小劇場どらま館にて2023年7月に約一週間の興行を大盛況で幕を閉じました。Kawai Projectの今後の活動がますます楽しみです。

第86回逍遙祭「シェイクスピアの翻案」レポート
左から菊池夏野さん、今井聡さん、児玉竜一館長(早稲田大学演劇博物館)、河合 祥一郎先生(東京大学大学院総合文化研究科教授)、石渕理恵子助教(早稲田大学演劇博物館)、髙山春夫さん

【執筆者】
石渕理恵子(いしぶち・りえこ)

早稲田大学演劇博物館助教。東京女子大学大学院人間科学研究科人間文化科学専攻博士後期課程修了。専門は、英国ルネサンス期文学・文化。主論考は「『ユーレイニア』と『ヴォルポーネ』における「話す行為」:異文化の出会いとジェンダーの観点から」(『緑の信管と緑の庭園―岩永弘人先生退職記念論集』、音羽書房鶴見書店、2021年)所収)、‘Passions, Authorship and Gender in Early Modern Women Writers Focusing on Mary Sidney Wroth’(2020年)。共編書に『シェイクスピア・プリズム―英国ルネサンスから現代へ』(金星堂、2013年)。日本英文学会、日本シェイクスピア協会各会員。