縦32.3×横20.2cm
明治19年(1886)5月千歳座上演、河竹黙阿弥作による大切所作事の台本。5世尾上菊五郎が、わが子寺島幸三(後の6世菊五郎)の初節句に合わせ、その初舞台を踏ませた祝いの舞台であった。狂言作者は芝居のセリフだけでなく、常磐津や清元など浄瑠璃詞章の作詞も担当したが、黙阿弥の美文には定評があった。本資料は清元梅吉こと2世寿兵衛旧蔵で、黙阿弥が自身の作詞を糊入紙に書き、作曲依頼のために立三味線(筆頭の三味線方)のもとへ渡したもの。
縦32.3×横20.2cm
明治19年(1886)5月千歳座上演、河竹黙阿弥作による大切所作事の台本。5世尾上菊五郎が、わが子寺島幸三(後の6世菊五郎)の初節句に合わせ、その初舞台を踏ませた祝いの舞台であった。狂言作者は芝居のセリフだけでなく、常磐津や清元など浄瑠璃詞章の作詞も担当したが、黙阿弥の美文には定評があった。本資料は清元梅吉こと2世寿兵衛旧蔵で、黙阿弥が自身の作詞を糊入紙に書き、作曲依頼のために立三味線(筆頭の三味線方)のもとへ渡したもの。