"新派の灯を消さない"
明治20年代に劇壇登場し、当時最先端の演劇であった「新派」は、大正、昭和、平成を経て、令和に至るまで継承され続けています。
数々の名作、名優が、長きにわたって人びとを魅了してきた新派。その戦後を支え、従来の〈女方〉による新派から〈女優〉中心の新機軸を確立した立役者が、初代水谷八重子(1905~79)という一人の名女優でした。
早稲田大学演劇博物館では、二代目水谷八重子さんから、初代八重子関連資料を多数ご寄贈いただき、調査・整理を進めています。
初代八重子の没後40年にあたる2019年。初代八重子を母にもち、現在の新派を牽引する水谷八重子さんと、初代に憧れて新派に入り、その芸を受け継いできた波乃久里子さんのお二人によるトークショー「新派の〈芸〉を語る―初代水谷八重子の記憶とともに―」(12月16日、早稲田大学小野記念講堂)を開催しました。
初代八重子と演劇博物館との関係や館蔵資料の紹介(後藤隆基助教)のあと、お二人が登場。スライドに映るさまざまな舞台写真を見ながら、初代八重子をはじめ、初代喜多村緑郎、花柳章太郎、伊志井寛といった新派の名優、十七代目中村勘三郎、杉村春子らの思い出が語られた90分(聞き手:児玉竜一副館長)。水谷八重子さんと波乃久里子さんの絶妙な掛け合いは、約200人の観客を惹きつけてやまず、会場は終始笑いに包まれていました。
後藤隆基助教による報告。スライドの写真は演劇博物館創立25周年記念式典(1953年)で挨拶する初代水谷八重子
新派女優の二代目水谷八重子さん
新派女優の波乃久里子さん
司会の児玉竜一副館長
2020年1月の初春新派公演(三越劇場)で上演される「明日の幸福」に話題が及ぶと、初演(1954年)の映像を観たお二人が口を揃えて「今とはスピード感が違う。すべてが速い」とおっしゃっていたのが印象に残っています。
その違いについて、水谷八重子さんは「今は着物を着る習慣がないので、所作ひとつとっても丁寧に、ゆっくりになってしまう」と述べられ、波乃久里子さんは「前に上演した人たちの型をなぞることで、そのぶんスピード感がなくなる」と分析。
初代八重子と伊志井寛が模索していた新しい新派喜劇の集大成であり、ホームドラマの原点ともいわれる「明日の幸福」を通して、日本人の日常生活や身体の変化、新派における芸の継承といったテーマが浮かび上がっていました。
また、作者であり長年演出を務めた中野實の、厳しく緻密な指導にまつわる挿話からは当時の新派がどのようにつくられていたかの一端を垣間見た思いでした。
「真摯に新派を受け継ごうとした母。その思いを胸に、どんな時も新派の灯を消さないように努めること。それが、私自身の、母に対するいちばんの孝行」と締めくくった水谷八重子さん。これからの新派がどのような道を模索し、歩んでいくのか。期待が高まります。
いつまでも聴いていたくなるようなお二人のトーク。児玉副館長からの「続きは第2弾をお楽しみに!」という呼びかけに、会場は割れんばかりの拍手で応えていました。
終演後、来場者全員による撮影許可をいただきました。初春新派公演『明日の幸福』のポスターと共に
演劇博物館で「追悼 映画女優 京マチ子展」をご覧になるお二人
早稲田大学演劇博物館の前にて
左から児玉竜一副館長、波乃久里子さん、二代目水谷八重子さん、岡室美奈子館長、後藤隆基助教
二代目水谷八重子(新派女優)、波乃久里子(新派女優)、後藤隆基(演劇博物館助教)
児玉竜一(早稲田大学演劇博物館副館長)
https://enpaku.w.waseda.jp/ex/9684/
|トークショー 新派の〈芸〉を語る―初代水谷八重子の記憶とともに―
主催:早稲田大学演劇博物館・演劇映像学連携研究拠点