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イベントレポート

早稲田大学演劇博物館 イベントレポート

今井ミカ監督に映画製作の過程を聴く 「誰のためにつくるのか〜『虹色の朝が来るまで』上映会」

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『虹色の朝が来るまで』©2018 JSLTime

2020年11月23日(月・祝)、企画展「Inside/Out─映像文化とLGBTQ+」関連イベントのフィナーレを飾るトーク付イベント「誰のためにつくるのか〜『虹色の朝が来るまで』上映会」を小野記念講堂で開催しました。とても気持ちの良い秋晴れの日だったため、上映前にキャンパスを散歩し、企画展をご覧くださった来場者も多かったようです。新型コロナウイルス感染予防対策を万全に施し、当日は46名の来場者にご参加いただきました。

本イベントは、映画上映と監督トークの二部構成で実施しました。第27回レインボー・リール東京(2018年)で公式上映された『虹色の朝が来るまで』(2018年)は、ろう者の今井ミカ監督が群馬と東京を舞台に、ろう者であり性的マイノリティでもある人々の交流を全編手話で描いた作品です。また、今井監督にとって本作は初めて音響を施した作品であり、上映後トークでは、音響の側面から今井監督の映画製作や想定する観客層に対する姿勢に表れた変化についても伺うことができました。

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今井ミカ監督による上映前挨拶

本作の製作は、ろう者で性的マイノリティの活動家である山本芙由美氏から「全国LGBTろう者大会で上映して欲しい」という依頼から始まりました。今井監督は、ろう者が出演し、ろう者が楽しめる性的マイノリティをテーマにした映画が必要だと考え、自分らしく生きるために製作の過程で当事者であることを公表することを決意したと明かされました。

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映画製作のきっかけについて

本作は、ろう者であり性的マイノリティでもあるというダブルマイノリティに加えて、群馬と東京を舞台にすることで、都市にみる「ろう者の世界の狭さ」を描きます。県内にろう学校が1、2校という地域も多く、そのような環境ではろうコミュニティ内に噂が広がってしまう可能性があります。そのため、劇中でろう者の性的マイノリティの集まりに参加するために東京へ向かう場面において、主人公・華は出身地をごまかす選択をします。自分たちの居場所を探す一方で、嘘をついてしまう演出の背景には、監督の視線から見たろうコミュニティの現状だけでなく、性的マイノリティに対する国内の差別の状況が反映されていると考えられます。

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手話通訳者と企画担当者

しかし、群馬を舞台に選択したのは単純に地方都市の問題点に光をあてるためではないでしょう。本作は、群馬出身である今井監督だからこそ描くことのできる群馬の美しい情景に溢れているだけでなく、主人公たちが通うお店の居心地の良さを見事に伝えています。後者はロケ地選びの要件と密接に関わっています。例えば、劇中に登場するモンスーンドーナツは監督行きつけのお店の一つです。監督によれば、ロケ地として交渉するうえで不可欠だったのは店主の人柄だったそうです。ダブルマイノリティをテーマにした映画を作るためには、ロケ地に沁みる人柄を優先することが必須だったのです。また、人柄は出演者の選考にも影響を与えています。例えば主演の長井恵里氏は第一言語が手話であり、両親もろう者であることから、監督と意気投合する側面が多かった点と、実生活において性的マイノリティの友人がたくさんいた点が重要でした。このようにして、製作に関わるスタッフ全員が安心して撮影に挑むことができる環境が整えられていったのです。

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ロケ地選びについて

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主演の選考について

本作は今井監督にとって初めて音響を用いた作品です。海外のろう映画祭にて聴者に映画を観てもらうためには「音が必須」であると学びを得た監督は、本作でカメラマンに湯越慶太氏を迎えることで、聴者を意識した演出や場面展開を組み込みました。例えば主人公が涙を流す場面の嗚咽やフラッシュバック場面で聞こえる潰れるペットボトルの音などは、監督が想定していなかった音響効果を生み出しました。また、製作過程においても驚きがありました。OKカットであったはずの場面に実は飛行機やエアコンの音が入っていたなど、湯越氏の参加は監督の学びにつながったそうです。

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「脚動画」について説明する監督

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聴者を意識した映画製作は監督に新鮮さを与えた一方で、それは物語からろう者ならではの設定を排除することでも、監督の演出手法を変更することと同義ではありません。トークの後半では、監督から手話を用いた脚本の作り方を共有いただきました。監督の脚本作りは次の通りです。①まず、監督自身で手話動画を作り(脚動画)、②翻訳のできる聴者が手話から日本語へ翻訳し、日本語の脚本を作ったあと、③手話のラベルと呼ばれる手話単語ごとにスラッシュを入れた脚本を作ります。ろう者の出演者/スタッフは話の流れから主語が誰で目的語が何かを理解し、また、ろう者は手話の文法通りに台本を読むことでセリフを覚えやすく演技もスムーズになるように心掛けられました。質疑応答では、この手法は監督が手話言語学を香港で学んだ際に得たものを映画製作の実践へと応用したことが明らかになりました(今井監督がトーク中紹介された手話脚本についてのスライド。資料提供:今井ミカ)。

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本イベントのタイトル「誰のためにつくるのか」について考えてみましょう。2010年代の「LGBTブーム」において性的マイノリティが登場する映像作品が数々作られてきました。それらの多くはゲイ男性が主人公であり、ジェンダー不平等を温存し、また老いやディサビリティなど、性的マイノリティの人々たちがそれぞれ持つその他の特徴や属性を描くものは滅多にありません。そのような状況下において、ろう者で性的マイノリティである今井監督が、ろう者で性的マイノリティの人々が共感し安心できるような作品を作り上げた事実は決して見逃してはなりません。イベントの最後、今井監督は今後作りたい作品として、高齢のろう者を主人公に、人生賛歌のような笑いあり涙ありの物語を構想していると共有してくださいました。

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手話通訳者

手話通訳を交えた本イベントは、演劇博物館にとってもこの数年間で初めての取り組みとなりました。監督が所属する団体JSLTIMEさん、手話とITを組み合わせ、手話で暮らす人々の生活を豊かにすることを目指すシュアールさんにご協力いただき、実現することができました。来場者アンケートには「LGBTだけでなく、ろうの世界も知ってトークでも勉強できて良かったです」や「手話通訳もつけていただきありがとうございました」といった声だけでなく、通訳者の配置について改善点も提案いただけました。『虹色の朝が来るまで』については、「これほど手話で語られる映画を観るのは初めてでした」や「とてもためになる映画でした。仲間がいるというところが安心できた」という意見がありました。さらに多くの人々に作品が届けられることを願いながら、演劇博物館がろう者の映画や演劇の文化に対して貢献できる方法を同時に模索していきたいと考えています。

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久保豊(金沢大学人間社会学域准教授)

日時

2020年11月23日(月・祝)14:00~16:30

会場

早稲田大学小野記念講堂

トークゲスト

今井ミカ(映画監督)、久保豊(金沢大学准教授)

上映作品

『虹色の朝が来るまで』(2018年)

WEB

https://enpaku.w.waseda.jp/ex/11337/
誰のためにつくるのか~『虹色の朝が来るまで』上映会

主催:早稲田大学演劇博物館、新宿から発信する「国際演劇都市TOKYO」プロジェクト実行委員会
助成: bunkacho_logo令和2年度 文化庁 地域と共働した博物館創造活動支援事業