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イベントレポート

早稲田大学演劇博物館 イベントレポート

疫禍の時代を生きるためのヒント
――オンラインシンポジウム「コロナ時代の都市文化と演劇」レポート

  春季企画展の会期終了を翌日に控えた2020年8月5日。登壇者の方々と直前の打ち合わせをしている最中に、新型コロナウイルス感染症の東京都における新規感染者が5,000人をこえたというニュースが入った。展示のある意味での総括的位置づけで企画した本シンポジウムは、文字どおり現在進行形の事態が、当時としては過去最悪の状況を更新していくなかで開催されることになった。

 前半は、4名の登壇者による報告。
 日本のカルチュラル・スタディーズを開拓、牽引してきた社会学者の吉見俊哉氏は、コロナ禍という大状況において「私たちがいまどこにいるのか」という問題を、21世紀に拡張したグローバリゼーションとパンデミックとの関係を切り口に論じた。コロナ禍が演劇の何を明らかにしたのか。さらに、演劇と疫病の関係、パンデミック下で演劇は何ができるのかについて問いを投げかけた。
 感染症の専門家である山本太郎氏は、感染症とは何かという大きな問題について、人類史をたどりながら解き明かした。興味深かったのは、感染症が人類社会に現れるとき、集団のサイズを考える必要があり、演劇という人間活動が、どのような集団サイズに適した表現なのか、という論点。また、人と人との新たな「近接性」のなかに、芸術――演劇がどう関わるべき/関わりうるのかといった、種々の示唆に富む問題提起をおこなった。
 アートプロデューサーの相馬千秋氏は「孵化/潜伏するからだ Bodies in Incubation―コロナ時代の演劇実践―」として、自身がディレクターを務める「シアターコモンズ」をいかにコロナ禍のなかで実践してきたのか、多彩な具体例にもとづきながら、演劇および思考のありかたや可能性について紹介した。
 最後に、後藤隆基が、2020年以来、当館のコロナ禍のなかでの取り組みについて、春季企画展にいたる流れと同展の概要について報告した。

 後半は、児玉竜一副館長が司会を務め、報告者4名とともに討議をおこなった。本シンポジウム、そして展示が終わって半年以上が過ぎた現在、オミクロン株の感染が急速にひろがっている。疫禍の時代を生きる私たちが、演劇のみならず、さまざまな領域において今後の状況を検討していくためにも、幾多のヒントが横溢する重要な議論が展開した。他分野の経験や知見を共有し、結集することで、真の意味での「新しい日常」を考えるための方途を思索していくことが求められるにちがいない。

オンラインシンポジウム「コロナ時代の都市文化と演劇」【2021年8月5日収録】
【執筆者】
後藤隆基(ごとう・りゅうき)

早稲田大学坪内博士記念演劇博物館助教。立教大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。専門は近現代日本演劇・文学・文化。著書に『高安月郊研究――明治期京阪演劇の革新者』ほか。演劇博物館オンライン展示「失われた公演――コロナ禍と演劇の記憶/記録」、同2021年度春季企画展「Lost in Pandemic――失われた演劇と新たな表現の地平」の企画構成および関連書籍の編著を担当。