enpaku 早稲田大学演劇博物館

イベントレポート

特別展「Words, words, words.――松岡和子とシェイクスピア劇翻訳」関連イベント

「今を生きるシェイクスピア ――第7世代実験室 in Enpaku」イベント・レポート

  2022年11月18日(金)、早稲田大学演劇博物館特別展関連イベント「今を生きるシェイクスピア――第7世代実験室 in Enpaku」を小野記念講堂で開催しました。第7世代実験室は、故蜷川幸雄氏主宰「さいたまネクスト・シアター」有志を中心に発足した演劇ユニットです。コロナ禍には配信企画「リモート演劇×シェイクスピア」(YouTube配信)を立ち上げ、『ヘンリー六世』と『リチャード三世』の制作・配信を行いました。今回は、第7世代実験室から内田健司さん、周本絵梨香さん、髙橋英希さんがリーディングを披露してくださいました。特別ゲストは第7世代実験室の配信企画に訳・監修として協力した松岡和子さんです。

  内田さん、周本さん、髙橋さん、そして松岡先生は、このイベントのために約1年をかけて準備と稽古を重ねてきました。演劇博物館スタッフとも作品や台詞選び、構成、演出、舞台セッティング、音響、照明などについて何度も話し合いました。リーディングの合間には俳優の皆さんや松岡さんから、あらすじや台詞についてのエピソードを交えてお話いただき、「第7世代実験室」という名前の通り、実験的な演劇実践の場となりました。


  冒頭では演劇博物館館長岡室美奈子が『ロミオとジュリエット』のプロローグを務め、そのまま流れるように内田さんと周本さんによる同作バルコニーシーンのリーディングに入ります。客席が一気にシェイクスピアの言葉の海に引き込まれる様子が、舞台裏でもはっきりとわかりました。髙橋さんは乳母役と得意のオカリナでBGMを担当。



  松岡さんや俳優の方々のご紹介を挟み、次は松岡先生が今、第7世代実験室の方々にお読みいただきたかったという『リア王』4幕1場のエドガーの台詞です。明るい笑顔の髙橋さんが、エドガーの台詞を語り始めると会場の空気がガラッと変わります。次は、『リチャード二世』の王冠譲渡シーン。内田さん、周本さん、髙橋さんは海外の批評家からも絶賛された蜷川氏演出の同作に出演、特に内田さんは主役のリチャード二世を演じています。今回も内田さんにリチャード二世、髙橋さんにボリングブルック(のちのヘンリー四世)を演じていただきました。さいたまネクスト・シアターとゴールド・シアター合同による感動の舞台が蘇ったかのような濃密なリーディングでした。

 次は『ハムレット』第4独白の松岡訳と坪内逍遙訳による読み比べです。松岡さんと俳優の方々は、10月、坪内逍遙生誕地である岐阜県美濃加茂市で行われた第19回坪内逍遙大賞受賞式に参加、俳優の方々は受賞イベントで逍遙訳と松岡訳読み比べを行ったそうです。今回は、その経験をさらにアップデートし、周本さんが松岡訳、髙橋さんに逍遙訳をご担当いただきました。トークでは、「何度も逍遙訳を読んでいると、歌舞伎調の逍遙訳が現代語訳のように感じられてくる」、「逍遙訳には着物を来て発語する音のリズムを感じる、逆に松岡訳では走り出したくなるような軽やかさがある」など興味深いお話も伺えました。



  第一部後半は、実験的なリーディング実践の場となり、稽古現場を共有したような豊かな時間でした。『ヘンリー六世』第3部2幕2場の談判シーンのリーディング、そして『マクベス』の4幕3場と5幕3場を同時進行の場として読む試みを行いました。内田さん、周本さん、髙橋さんが、コロナ禍でリモート演劇制作を行う際、なかなか思うように稽古ができない日々が続いたそうです。高速談判は、そのような中で生み出され、俳優の心拍数を上げる方法として編み出されました。このシーンでは赤薔薇(ランカスター家)・白薔薇(ヨーク家)が王位を巡って対決しています。内田さんが使者(赤薔薇)、エドワード(白薔薇)、周本さんが王ヘンリー、王妃マーガレット、王子エドワード(赤薔薇)、髙橋さんがウォリック、リチャード(白薔薇)を、ダブル・トリプルキャストでお送りしました。高速で台詞を読みながらも小道具の切り替えでキャラクターを演じ分けるという演劇的な楽しさも味わえました。

  最後は『マクベス』です。4幕3場のマルカムとマクダフの台詞、5幕3場のTomorrow Speechの部分はイングランドとスコットランドという地理的に離れたところで語られています。芝居は時間芸術なので時系列が順序だって物事が起きているように思えますが、このシーンはある程度同時進行で起きていると考えられます。よって、これら二つの台詞(対話と独白)を交互に読み、対話可能なように見せて、勝者と敗者、生と死などの対比を鮮明に見せる試みが成功しました。



  休憩後は充実した質疑応答の時間となりました。特に、松岡さんと第7世代実験室の深い繋がりを感じられたのは、会場限定で行われた松岡さんのシェイクスピア劇37作品完訳を祝ったサプライズ。リモート演劇『ヘンリー六世』に出演した俳優の方々からのメッセージと、「現場翻訳家 松岡和子先生」、「The Readiness is All(覚悟がすべてだ)」の文字が舞台上のスクリーン映し出されました。会場全体が一体となって松岡先生のシェイクスピア劇完訳を祝う大きな拍手が送られ、祝祭的な熱気の中、イベントの幕が閉じられました。


  今回は演劇博物館スタッフが照明や音響を担当し、第7世代実験室、松岡さんとの共同作業により作り上げられたイベントとなりました。一つのステージにかける情熱、探究心、そして真摯さ、寛容さ、など素晴らしい第7世代実験室の皆さんでした。松岡さんのチャーミングなお人柄とこれまでの現場でのご経験を存分に若手世代に継承された濃密な稽古を経て素晴らしい本番となりました。今後も第7世代実験室と松岡さんのご活躍とコラボレーションが楽しみです。


【執筆者】
石渕理恵子(いしぶち・りえこ)

早稲田大学坪内博士記念演劇博物館助教。2020 年に東京女子大学にて博士号取得(人間文化科学)。専門分野は英国ルネサンス期文学・文化、特にシェイクスピア、女性作家の作品研究。主論考に「『ユーレイニア』と『ヴォルポーネ』における「話す行為」ー異文化の出会いとジェンダーの観点からー」(『緑の信管と緑の庭園ー岩永弘人先生退職記念論集』所収、2020)、‘The Unmarried Characters in Mary Wroth’s Love’s Victory and Shakespeare’s As You Like It’ (2013)等がある。現在、早稲田大学、中央大学、東京女子大学にて非常勤講師を務める。