日時:2017年11月8日(水)18:00-(17:30 開場)
会場:早稲田大学大隈記念講堂 小講堂
出演:春風亭正太郎、春風亭昇々、桂宮治、入船亭小辰、柳家緑太 (敬称略)
平成29年度文化庁「地域の核となる美術館・歴史博物館支援事業」の一環として、2017年11月8日(水)の18時から、大隈記念講堂小講堂において「日本演芸若手研精会in早稲田」を開催しました。「日本演芸若手研精会」は、1979年の国立演芸場開場をきっかけに、若手落語家の育成を目的として、稲葉守治氏によって設立された落語会です。同年7月より国立演芸場で月例公演を開始。その後、オフィスエムズの加藤浩氏へと受け継がれ、2014年には400回記念公演が催されました。現在は、会場を日本橋劇場あるいは日本橋社会教育会館へと移して、公演を続けています。そのスピンオフ企画として、昨年度に引き続き、「日本演芸若手研精会in早稲田」を開催しました。
開口一番は柳家小多けさん。まるで落語の世界の住人かと思わせるようなお顔立ち(褒め言葉です)が嬉しくなる前座さんです。演目は「道具屋」。バカを極端に誇張するのではなく、どこの町内にも一人はいそうな間の抜けた人物として与太郎を描出しているのが好ましい。直線的に発される声、演じすぎない演技、さらにくだんの小多けさんの風貌とも相俟って、与太郎のぼんやりとした性格がくっきりと浮かび上がります。もちろんそれだけではなく、屋台の天ぷら屋の前で大きな天ぷらを選っている客に向かって、与太郎が「衣だぞ、それはー」と不意に大声を発した時には、そのあまりの唐突さにザワザワと笑いが広がっていきました。会場をあたため、前座としての役割をきっちりと務めてくれました。
柳家緑太氏
二人目は柳家緑太さん。イケメン落語家の四番手(一番手から三番手が誰なのかは内緒です)。優れたリズム感を持つ噺家さんで、音楽のように心地良い落語を聴かせてくれます。落語をラップにした「ラップで落語」(柳亭市童さんとの共作)がYouTubeにアップロードされていて、こちらも好評を博しているようです。興味のある方は是非一度ご覧ください。さて、大人向けの落語ワークショップで出会った、ちょっぴり怖い女性受講者の話をマクラに、本題の「鷺とり」へ。流れるように紡がれる言葉とは対照的に、噺に登場する雀や鷺、浅草寺五重塔のてっぺんにしがみついた男の仕草がとてもコミカルで、なかでも半身を後ろに反らしたかたちで表現された〈大阪もの〉の雀が、いかにもクサくて、じつに可笑しい。さらに、サゲの「バカバカしいお話でございました」の「ございました」を努めて軽く発することで、噺全体に軽みを与え、飄々と高座をあとにしました。まさに飛ぶ鳥跡を濁さず。
入船亭小辰氏
三人目は入船亭小辰さん。今年はお江戸日本橋亭で月例の勉強会「小辰の十三ヶ月」を開催。上手さと面白さを兼ね備えた噺家さんです。マクラでの共演者イジリもお手のもの。トリの春風亭正太郎さんをカピバラに似ていると紹介したところで、小講堂の舞台に通じる階段から正太郎さんが「やめてくれるかな」と登場。「オスカルか! あれがカピバラです」と笑いを誘いました。さらに返す刀で、桂宮治さんを人間よりも豚に近いと紹介すれば、今度は舞台袖からお腹を出した宮治さんが「やめてくれるかな」と乱入、会場は大いに盛り上がりました。「後半は珍獣ショーです」などと、その後も毒気まじりに笑わせて本題へ。演目は「夢の酒」。次第に嫉妬心を高じさせるお花、図に乗ってなかなかそれに気づかない若旦那、夫婦の諍いに巻き込まれる大旦那を、メリハリのある演じ分けで、いずれの輪郭も鮮明に、しかも適度な誇張を加えて描き出します。やきもちから大旦那に無理を言いだすお花の、いじらしくも可愛らしい姿が強く印象に残るとともに、現実から夢へ、夢から現実への往還が、なんとも鮮やかで素敵な高座でした。
春風亭昇々氏
仲入り前は春風亭昇々さん。毎週日曜日にBSフジで放送中のポンキッキーズのMCに抜擢された狂気のイケメン落語家です。安室奈美恵さんが40歳で引退するという報道を受けて、噺家も見習ってほしい、落語も新しいものを取り入れていくべきだと提案。見たことのないスーパー歌舞伎IIワンピースを「海賊王に、タタン、ターン、俺はなる(呆れるほどの大声)!」みたいなことでしょと妄想を膨らませては、会場を笑いの渦に巻き込みます。落語会は逆ピラミッド型でおじいちゃんが多い、そしておじいちゃんは面白いとマクラに振って、70歳になる嫁の花子さん、義父である100歳のおじいちゃん、その父親の120歳になるおじいちゃん三人の老老介護を描いた新作「待ちわびて」を披露。82歳で亡くなった息子を「短命だね」と言うおじいちゃんに対して、「ちょうどいいわ!」と厳しくツッコむ花子さん、突然「バイオハザードがやりたい!」「ソイジョイが食べたい!」と駄々をこね出すおじいちゃんなど、共感できない人にはちっとも面白くないけれど、一度ハマると病みつきになる昇々落語で、ヒステリックなほどの笑いを巻き起こしました。
桂宮治氏
仲入り休憩をはさんで膝がわりは桂宮治さん。今年は日本テレビ系の日曜ドラマ『フランケンシュタインの恋』や、TBS系のドキュメントバラエティ『結婚したら人生劇変!〇〇の妻たち』などに出演、活躍の幅を広げる爆笑派です。「ちょいと色物を見るぐらいの感じでご覧ください」とは言いつつも、昇々さんのスーパー歌舞伎をマネるくだりでは、「絶対あの人歌舞伎観たことないと思います」と徹底的にイジリ倒します。書くのが憚れるほどの、かなり危ういマクラで会場を沸かしに沸かして、本題の「つる」へ。「あれは鶴じゃなくて鷺だった」、「お雛様の首が抜けます」と、当意即妙に「鷺とり」や「道具屋」を取り込んだかと思えば、「あいつが演っているのは確かに「つる」だけど、私たちが聴いているのは一体何だろう」と「粗忽長屋」まで飛び出す始末。それでも噺の世界が崩壊しないのは、ひとえに宮治さんの芸がしっかりとした基礎に支えられているからこそ。「冷やでもよかった」、「ソイジョイ!」と「夢の酒」や「待ちわびて」が出てくると、もはや会場は大喜び。膝がわりの役割をものの見事に果たしてくれました。
春風亭正太郎氏
トリは春風亭正太郎さん。口跡が良くて、間が良くて、演技も上手い「本寸法のカピバラ」です。この会のあとの11月14日に柳家喬太郎師匠とともに欧州公演に出発、デンマーク、アイルランド、イギリス、アイスランドの4か国で落語会を開催し、11月25日に帰国されました。まえかたの宮治さんを受けて、「「つる」はあんな噺じゃないです」ときっぱり。「ほぼサゲしか原形が残っていませんでしたね」、「だいたいね、この会はソイジョイのスポンサーじゃないんですからね」と笑わせて本題へ。演目は「子別れ」。酔った勢いで女房と倅を叩き出した大工の熊公が、偶然にも三年ぶりに倅の亀と再会するくだり、生意気で、頭が良くて、お父っつぁんとおっ母さんが大好きな亀が、「お父っつぁんも大きくなったな」「やきもちですか」「エサなんだろ」「寂しいだろ」「苦労はするもんですね」と生意気な口を叩いていたかと思うと、額の傷のことを尋ねられて突然「あたい辛かったぞ」と声を張り上げます。もともとある古典落語の形から大きく逸脱することなく、その魅力をストレートに伝えつつも、要所要所にいかにも正太郎さんらしい台詞と演出を加え、心地よい感動と爽やかな余韻を残す「子別れ」を聴かせてくれました。
昨年度に続き、今年度の「日本演芸若手研精会 in 早稲田」も3時間に及ぶ長丁場。演者もヘトヘトなら、聴いている方もヘトヘト。それでも、心地よい疲労感とは言わないまでも、決して不愉快な疲労感ではなかったはずです。演者のみんなが自分の役割を心得ながらも、今日の一番になることを目指した落語会。来場者アンケートには継続しての開催を望む声も多数寄せられました。
現在、演劇博物館は2018年の創立90周年に向けて長期休館中ですが、「鈴木忠志×渡辺保 ―『劇的なるものをめぐってⅡ』上映会」(2018年1月15日)や、「『演劇クエスト』をつくってみるワークショップ」(2018年1月27日・28日)など、イベントは目白押しです。そして、2018年3月23日(金)には、リニューアルオープン。現在準備中の企画展、大幅に刷新された常設展示、どちらもお楽しみいただけると思います。どうぞご期待ください。
春風亭正太郎
1981年、東京生まれ。2006年4月、春風亭正朝に入門。同年11月、前座となる。前座名「正太郎」。2009年11月、二ツ目に昇進。
春風亭昇々
1984年、千葉県生まれ。2007年4月、春風亭昇太に入門。前座名「昇々」。2011年4月、二ツ目に昇進。
桂宮治
1976年、東京生まれ。2008年2月、桂伸治に入門。前座名「宮治」。2012年3月、二ツ目に昇進。
入船亭小辰
1983年、東京生まれ。2008年2月、入船亭扇辰に入門。2008年9月、前座となる。前座名「辰じん」。2012年11月、二ツ目に昇進、「小辰」と改名。
柳家緑太
1984年、大分県生まれ。2009年11月、柳家花緑に入門。2010年5月、前座となる。前座名「緑太」。2014年11月、二ツ目に昇進。