講堂に設置された16ミリ映画フィルム映写機
2020年10月9日(金)、今年で第4弾となる無声映画上映会「エンパクシネマ」が開催されました。演劇博物館前舞台を活用したエンパクシネマは多くの来場者から好評をいただき、今では演劇博物館の目玉イベントの一つです。今回は残念ながら新型コロナウイルス感染予防対策を万全に施すために開催場所を小野記念講堂へ変更、密を避けるため事前申し込み制とし、当日は36名にお越しいただきました。
新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、人数制限を設け対策を講じた
今年のプログラムは、過去2回に引き続きマツダ映画社および鈴木映画の協力を得て、3本の無声映画を上映しました。上映作品は、2018年度にもご出演いただいた柳下美恵氏によるピアノの生伴奏に加えて、活動写真弁士の澤登翠氏、山城秀之氏、山内菜々子氏の解説によって色鮮やかに表現されました。
活動写真弁士の山内氏
まず1本目の漫画映画『動物村の大騒動』(製作年不明)は、さまざまな動物たちが仲良く平和に暮らす動物村に起こるドタバタ救出劇を描きます。山内氏の前説では、もともとはトーキーとして山本早苗によって製作されていた本作にも、同時代のアニメーションと同様に、子供たちに向けた教育的メッセージが込められているという興味深い点が指摘されました。来場者たちは、動物の身体運動を見事に描く流動的なアニメーションの視覚的な面白さだけでなく、動物たちの特徴に合わせて柔軟に変化する山内氏の声に惹き込まれていきました。また、嵐の場面での柳下氏の伴奏は迫りくる危機を知らせるサスペンス感の溢れたものでした。
『動物村の大騒動』より、子狸が両親を起こそうとする場面
解説中の山内氏
つづく『キートンの警官騒動』(1922年)は、立派な実業家になって恋人との結婚を目指すキートンがある日騒動に巻き込まれ、トレードマークである並外れた身体能力を活かして逃げ回る物語です。知らず知らずのうちに騒動の渦中に追いやられていくキートンの穏やかではない心模様が、チェイス・ムービーに相応しい軽快かつ緊張感を帯びたピアノ伴奏と、山城氏の深みと渋みのある音声によって巧みに表現されました。山城氏が前説で予告されていた描写が出てこないハプニングがあったものの、無声映画にはバージョン違いがしばしば存在することを来場者へご教示頂きました。
活動写真弁士の山城氏
(左)解説中の山城氏 (右)ピアニストの柳下氏によって緊張感が作り上げられていく
3本目に上映したのが、川手二郎監督の『福寿草』(1935年)です。吉屋信子の『花物語』を原作とする本作は、戦前の日本映画において少女が年上の女性に対して抱いた同性愛的な欲望を示唆する作品として2000年代から再評価されてきたものです。2020年度秋季企画展「Inside/Out─映像文化とLGBTQ+」の開催に合わせて、第18回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭(2009年)でも上映された本作を選定しました。「人を愛するということは、性別を超えて、自由でありたい。」兄の嫁・美代子に対して憧れと愛情を募らせていく少女・薫の気持ちが、このように前説で述べた澤登氏の声を通じて強く伝わってくるような空気に会場が飲み込まれていきました。
『福寿草』上映前の澤登氏と柳下氏
『福寿草』より
解説中の澤登氏
柳下氏
『福寿草』の選定について説明する企画者
2020年は新型コロナウイルスの感染拡大により芸術文化の継続が世界規模で危ぶまれた年でした。映画、演劇、音楽など様々な芸術分野がオンラインでのリアルタイム/オンデマンド配信に取り組んできました。そんな中、コロナ禍のエンパクシネマは対面式での開催を最優先としました。ボーンデジタルの映像作品が大部分を占める21世紀において、エンパクシネマが目指すのは、活動写真弁士と生演奏のパフォーマンスだけでなく、貴重な16ミリフィルムでの上映を重視することで、19世紀から続く映画フィルムの美しさや技術のしなやかさを視覚や聴覚のみならず、肌感覚で味わっていただくことです。なぜなら、コロナ禍において人々が切望した芸術鑑賞にみる他者とのゆるい繋がりとは、シネマという映画体験そのものが体現するものだからです。
文化の灯火を絶やさない重要性を述べる児玉副館長
映写中の様子
奇しくもエンパクシネマはコロナ禍で早稲田大学が大学内の施設を用いて公式に開催するイベント第一弾となりました。来場者アンケートには「初めて無声映画というものをみたのですが臨場感のある、よい経験になりました」と書かれており、「臨場感」というオンラインでは得難い体験を提供できたと実感しています。来年の秋頃には新型コロナウイルスをめぐる状況が落ち着いていることを願いながら、今後も日本の映像文化の継承や映像教育に貢献できるよう、第5回目の開催を目指していきます。
文責:久保豊(金沢大学人間社会学域准教授)
2020年10月9日(金)17:50 開場/18:30 開演 20:30 閉会
早稲田大学小野記念講堂
澤登翠(活動写真弁士)、山城秀之(活動写真弁士)、山内菜々子(活動写真弁士)、柳下美恵(ピアニスト)
1. 『動物村の大騒動』(1940年前後、不明)[8分]
2. 『キートンの警官騒動』(1922、ファースト・ナショナル)[18分]
3. 『福寿草』(1935、新興キネマ)[45分]
https://enpaku.w.waseda.jp/ex/11129/
|エンパクシネマ 2020
主催:早稲田大学演劇博物館、新宿から発信する「国際演劇都市TOKYO」プロジェクト実行委員会
助成: 令和2年度 文化庁 地域と共働した博物館創造活動支援事業